不妊治療の末に妊娠したと思ったら、3回の切迫流産で超未熟児が生まれました

こんにちは。

ここ3年ほどでタイトルにあるとおりの経験をしました。これまでの人生で味わったことのないまさに地獄のような経験でした。不妊治療中は「現実辛すぎ、神様不公平すぎ」ぐらいでしたが、子どもが生まれる直前から生まれた直後は「この世の地獄だ」と感じていました。

幸い、子どもは退院が決まりましたが将来に渡って不安が付きまといます。(まあ、子どもの将来を心配するのは親であれば誰でもするかもしれませんが。)

ここまでの経験をすると、現時点の私から他の人に向けて「子どもはいいぞ」みたいなことは口が裂けても言えません。


それでも時間が経つに連れて辛かった記憶も浄化され忘れていくのかもしれないと思い、これまでを振り返りながら自分が考えていたことや感じたことをまとめていきます。

振り返るのはなかなか辛いものがあり、「こんなこと書く必要あるか……?」と思いながらこの記事を書いているのですが、不妊治療や未熟児についてあまり考えたことのない人に、「こんな現実もある」と少しでも知ってもらえたらと思い少しずつ振り返っていくことにします。


普段書いている記事とあまりにもテイストが違うので、本当にここに書くべきなのか、専用のブログでも作ろうかとも思いましたが、どこまで行っても自分の人生の一部には変わりないし、たまたま当ブログを訪ねていただいた方に「こんなことがあるとは知らなかった」と思ってもらえれば、ということでのブログに書きます。



この記事は”目次”のようなもので、詳細についてはおおよその時系列順で個別の記事にしていきます。今後作成予定の記事タイトルを並べていますが変更になる可能性があります。

妊娠や生まれた子の概要

はじめに、現在に至るまでの諸々の状況は以下のとおりです。

妊娠の経過

  • 不妊期間:2年8ヶ月(不妊治療期間も含めたトータル)
  • 不妊治療期間: 1年
  • 妊娠経過:切迫流産3回、3回目で長期入院(約2ヶ月)
  • 早産原因:絨毛膜羊膜炎

生まれた子について

  • 在胎週数:25週
  • 出生体重:748g(超低出生体重児
  • 経過:出生後3ヶ月間入院、2019年5月に退院
  • 合併症など:今のところなし(動脈管開存症手術済み)


これは補足ですが、一言で”未熟児”と言っても、出生体重によって以下のように細かく分類されます。

これらの赤ちゃんを総称すると正式には”早産児”と言うようです。体重が軽い=在胎週数が短いほど、予後は悪い傾向にあります。

注意事項

  • 筆者は男(夫)です。私の苦しみはおそらく妻が感じた苦しさの100分の1程度なので、理解が浅かったり、文章で伝えきれないことが多々あったりすると思いますが、ご了承ください。
  • 特に序盤から中盤にかけてはネガティブな話や考えが多めになりますが、あくまで私個人の考えや思いであり、同じような状況にある方たちの意見を代表するものではありません。また、違う立場の方を批判するものでもありません。
  • 記載する状況はあくまで”私たちの場合”です。似たような状況であっても母体や胎児の経過は個人で全く異なります。
  • 各記事で医療的な内容について触れることがありますが、私は医療の専門家ではなく、記載する内容は全てお医者さんから話を聞いたり、インターネットで見聞きした情報です。内容の正しさを証明するものではありませんのでご注意ください。

本編

不妊治療の始まりから妊娠するまで

受け入れがたい「不妊」という現実

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はじめての不妊治療と押し寄せる悲しみ

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2度の顕微授精を経てたどり着いた陽性反応

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妊娠してから早産するまで

酷いつわりと2度の切迫流産 苦難の連続だった妊娠生活

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安定期に起こった3度目の切迫流産と入院生活の始まり

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静かに始まった地獄へのカウントダウン

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運命の日 妊娠25週で救急車による緊急搬送

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超未熟児が生まれるということ

子どもが生まれた日、または生まれてしまった日

子どもが生まれてから

妻の退院と悔し涙

生後100時間の壁

「妊娠・出産は奇跡」という言葉に思うこと

突然の動脈管開存症手術

人工呼吸器の抜管

はじめての抱っこ、沐浴、授乳

「もう大丈夫だね」という言葉が辛い

退院へのカウントダウン

退院の日