【あの情熱を思い出せ】映画『おっぱいバレー』感想

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こんにちは。

Huluで配信されていた綾瀬はるか主演の『おっぱいバレー』を観ました!

おっぱいバレー

おっぱいバレー


もうタイトルを書くだけでこっ恥ずかしくなりますが、これがどうにもなかなか良い映画だったので感想を綴ります。

※ネタバレ注意!!

あらすじ

1979年、北九州。赴任早々、中学の弱小男子バレー部顧問になった新任女性教師、美香子は、やる気ゼロの部員たちに“試合に勝ったらおっぱいを見せる”というあり得ない約束をさせられてしまう。そんな約束に戸惑う美香子をよそに、部員たちはおっぱいが見たい一心で練習に打ち込み、別人のように強くなっていく。ピンチを迎えた美香子先生の運命は…??

(Hulu-おっぱいバレーより)

感想

”おっぱい”。

それは男にとって永遠のあこがれ。

それは男子中学生にとって未だ見ぬ夢の果て。

それは人類にとっての宝。

……

だったはずだ。

しかし全世界にインターネットが広がった現代においてかつての夢は、夢では無くなってしまった。

今はおっさんだろうが高校生だろうが中学生だろうが、Googleに「おっぱい 画像」と入力すれば一瞬でかつて夢見た場所に辿り着ける。それどころか「おっぱい 動画」と入力すれば動くおっぱいさえもあっという間に手に入る。


かつておっぱいの写真を見るためには道端のエロ本をこそこそと持ち帰えり親から守る必要があった。学校で教師の目を忍びビデオを交換し、その秘密を守り抜く必要があった。

そう。性に目覚める一方で校則に縛られる男子中学生にとって、おっぱいを拝むのは写真や動画でさえ命がけだった。

だからこそ”生おっぱい”への思い、憧れは今とは比較にならないほど強かった。

しかし時代は進み、前述のとおり手軽におっぱいを手に入れられる環境となった。もちろん写真や動画が簡単に手に入るからと言っておっぱいの尊さが変わるわけではないが、かつてのような執念にも似た情熱をおっぱいに抱く時代は戻ってこない。


この『おっぱいバレー』は現代に失われたおっぱいへの情熱をバレーボールを通して思い出させる青春映画だ。


舞台は1979年、インターネットもスマホもパソコンも無い時代。

冒頭一発目におっぱいを思い起こさせる太陽のカット。

自転車の上で手のひらを広げ、感じる風におっぱいの感触を求めるバカな男子中学生。

そして赴任してきた巨乳の美人教師。


このプロットだけで瞬く間に少年時代へトリップする。限られたエロのリソースを大事にし、大人のお姉さんに沸き立つ登場人物たちは、生きた時代は違えどかつての自分を思い起こさせる。


そうして目の前のエロ本に群がるだけだった弱小男子バレー部に、暴力的なまでなおっぱいを持った新任教師が顧問に就く。

男子バレー部にとっては人生で最大の興奮だったに違いない。

「リアルなおっぱいが拝める。同い年の貧弱なあれではなく、圧倒的な力で輝くあのおっぱいを。」


さらに彼らに訪れた「大会で1勝したら先生のおっぱいを見られる」というチャンス。

中学3年間、何にも努力せずエロいことばかり考えていた彼らがエロいもののために努力を尽くす。

自分にもこんな欲にまみれた青春があってもよかったかもしれない。エロだけではない。それを通して生まれる友情。見ていて青臭い、しかし胸を熱くする。この映画が熱くするのは中学生の股間だけではないのだ。


まぁでも人生そんなに甘くない。数ヶ月の努力で2年以上努力していた奴らに敵うはずはなかった。生まれて初めての努力は、結果を得られずして終わりを迎えた。

ここで「でも美香子(綾瀬はるか)はおっぱいを見せるべきだった」という意見を聞いた。ばかやろう、そんなわけ無いだろう。

バレー部は勝てなかった。おっぱいを見るための条件を満たせなかった。それなのにお情けでおっぱいを見せたて誰が満足するのだろうか。


バレー部のおっぱいに賭けた情熱は、妥協で満たされるようなものだったのか?

「私のおっぱいのために頑張りなさい」と激励した美香子のおっぱいは、情けで見せるような安いものだったのか?

違うだろう。彼らが目指した、彼女が掲げたおっぱいは高貴で、勇ましく、尊く、気高いものだったはずだ。それを妥協や情けで見せていいはずがない。


むしろ人生最大級の悔しさを味わった男子バレー部は、よりおっぱいへの情熱を燃やすことだろう。そうしていつか彼らが見る本物のおっぱいは、妥協せず全身全霊を捧げた末に辿り着く一点の曇りも無い、人生の宝となるだろう。

その瞬間に彼らは思うはずだ。

「あの時妥協しないでよかった。頑張って良かった。」

と。

その気持ちを抱けた瞬間だけが、彼らをあの悔しさから解放する。彼らのあの努力が報われる唯一の道なのだ。

おっぱいをきっかけに、大人になった少年たちは豊かな気持ちで豊かな人生を歩んでいく。そんな明るい未来を予感させる、素晴らしい幕引きだったと思う。


男性の中にはこの映画の少年たちのように喜びへ昇華させた人もいれば、妥協の末にモヤモヤしてしまった人もいるだろう。でも今の自分がどうかなんてどうでもいい。

「おっぱいに焦がれ目を輝かせていた時代には戻れない」ということだけは同じだ。

今の自分がどうであれこの映画を観て少年時代にトリップし、ほんの少しの間おっぱいへの情熱を再燃させてみてはいかがだろうか。 それはおっぱいへの情熱を失わせる一因となった現代のテクノロジーが、私たちに平等にもたらしてくれた機会なのだから。


最後に。

”自分もあと8年ほど遅く生まれて『おっぱいバレー』に出演し、綾瀬はるかのおっぱいに飛び込みたかった。”

という気持ちをここに記して結びにする。


以上『おっぱいバレー』感想でした。