『100年の難問はなぜ解けたのか』を読みました~ポアンカレ予想を巡る数学者の光と影~

Amazonの月替わりセールで購入しました。


内容は「ポアンカレ予想」という100年間証明されていなかった数学の難問に挑んだ、数学者たちのドキュメンタリーです。
元々はNHKの特集番組だったものを書籍化したもので、数学者に対するインタビューをとおしてポアンカレ予想の解説からそれが証明されるに至るまでが描かれています。


あらすじ

現代の技術では宇宙の形を見ることはできない。
だが実際に見ずとも「それを証明できれば宇宙の形を知ることができる」という数学の難問があった。
それが1904年にフランスの数学者アンリ・ポアンカレにより提唱された「ポアンカレ予想」。
正式には「単連結な三次元閉多様体は三次元球面と同相である」と記述される数学上の命題である。

数多くの数学者が挑んでは破れてきた難題を遂に2006年、ロシアの数学者グリゴリ・ペレリマン博士が証明した。
100年に1度の奇跡に湧き上がる数学界。その年の「フィールズ賞」は彼に送られるはずであったが、ペレリマン博士は受賞を拒否。
それどころか人々の前からも姿を消してしまったのだった。

感想

入りからしてこれが単なる数学の話でないことが分かります。
100年の難問を解いたペレリマン博士はなぜ受賞を拒否したの!?どこに消えたの!?と、まるでミステリー小説のような展開。
でもこれは実話。事実は小説よりも奇なりを体現した出来事で一気に話に引き込まれました。


これは数学の話でない、数学者たちの人生を賭けたドラマだ

難しい数学論が話の中心ではありますが、この本で描かれるのは数学者たちの数学にかける情熱あるいは非凡な才能を持ったが故の孤独です。


インタビューに出てくる数学者は誰も彼もが天才と言われるような、数学界でトップクラスに立つ人たち。
それぞれが「ポアンカレ予想」の魅力に惹かれ情熱をかけて証明に挑み、敗れていく。

話の中心でもあるペレリマン博士は特に、幼少期とポアンカレ予想に取り組み始めてからの性格の変貌ぶりが半端ではないです。

それほどまでに人を変えてしまう100年の難問。
自分は人生でこれほどまでに情熱をかけられるものがあるだろうか、と考えたとき「いや、無い」。
それは私だけではなく、大半の大人がそうだと思います。

趣味などというレベルではなく、まさに人生を賭けています。
家族や社会的立場を持つ多くの人にとって彼らの生きる道は到底実現しようが無い、というのが率直な感想です。


作中に出てくる印象的なセリフがあります。

数学者が問題に挑む動機、それは未知なるものへの憧れです。数学者に意欲を起こさせるものは、子どもたちに意欲を起こさせるものとまったく同じです。ただ、知らないことを知りたいのです。
子どもは周りの世界を理解したい生き物です。生まれついての科学者なのです。私たち数学者はいわば、大人になってもその好奇心を持ち続けているだけなのです。

「仕事だから」「儲かるから」「名誉が欲しいから」そんな理由ではなくとにかく知りたい。
それだけが、それこそが数学者が数学者である証。
自分はこんな風には生きられないなと寂しくなりつつも、数学者たちの確かな情熱と子どものような心が会話の隅々から伝わりました。

そして失踪したペレリマン博士はこの究極系なのでしょう。
子どもの頃からその才能を発揮していた博士ですが、名誉には興味が無かった。
とにかく「自分が分からないことを分かりたい、誰も知らないことを知りたい」。
それこそが彼の唯一にして最大の生きる目的なんだと感じました。


脈々と引き継がれる証明への布石

数学者は個人個人が証明・研究に取り組んでいると思いがちですが、100年もの間に証明こそはできなかったもののそれを解くための「武器」が見つかっていくという過程も、数学の面白いところです。

ポアンカレ予想」もそのものをズバリ解いたのではありません。
1980年代、ウィリアム・サーストン博士が長年の研究により「幾何化予想」と言われるアイディアを提唱します。

宇宙がたとえどんな形であろうとも、それは必ず最大で8種類の異なる断片から成り立っているはずだ

文章を見ただけでは「えっ!?」となってしまいますが、とにかく「幾何化予想を証明すること=ポアンカレ予想の証明」がサーストン博士の研究により明らかになりました。

さらに「幾何化予想」はそもそも、「ポアンカレ予想」を提唱したポアンカレ自身による新しい数学「トポロジー位相幾何学)」の誕生にまで遡り、さらに「トポロジー」はニュートンが生み出した「微分幾何学」があってこそ誕生しました。

そしてペレリマン博士は数百年で発展したこれらの武器を使い、見事に「ポアンカレ予想」の証明に成功したのです。


個性が強く独特の雰囲気を持つ数学者。
でも彼らは先人たちが積み重ねてきた武器を脈々と受け継ぎ、現代に活かしている。
チームワーク・伝統とはちょっと違いますが、「数学界」全体の結束のようなものが感じられます。

数学者は現在進行形で歴史を作っています。


制作陣の情熱もすごい!

著者をはじめとして、作成された方々のモノづくりに対する熱意も半端じゃないです。
東京大学の理系出身ということでそもそも優秀な方なのでしょうが、数学はそれでも専門外のはず。

あとがきにもあるように「インタビューした数学者がどんなに丁寧に説明してくれてもわからなかった」ということも、多々あったようです。
それでも負けずに根気強く取材を続け、凡人の私にここまで面白く100年の難問の魅力を教えてくれました。
ありがとうございます!と言いたいです。


とにかく読むしかない!

ドキュメンタリー好きの方はもちろん、小説が好きな方も空想話よりも夢がある不思議な世界が垣間見えると思います。

確かに数学的な説明で難しい(というか分からない)ところもありますが、「数学苦手」「小難しいの嫌い」という理由だけで「ポアンカレ予想」を巡る一大歴史スペクタクルを見逃すのはもったいない!

ぜひお手にとって一読してみてください。知られざる数学の世界があなたを待っています!



最後に、類似した作品では『フェルマーの最終定理』もおすすめです。

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

こちらのほうがより小説っぽいテイストです。